
福澤徹三氏の作品にはまっている。
かといって、文体も雰囲気も正直あまり好きではない。なのにやめられない。
一日を終えて布団に入り、眠り込むしばしの間に本を開く時間がこの上ない幸せなのだが、長い間、福澤徹三の本で寝不足が続いている。
彼の作品にはちょうどトロッコがガタンガタンとゆっくり進み始め、しだいにスピードを上げ、一気に加速するのに似ている。
ガタンガタンの頃に、眠気が行き来する頭で登場人物を甘く掴んでいると、後半何度も後戻りして確認する必要が出てくる。一気に熱をはらみ、興奮状態に引きずり込まれたときにあわてて、何度も見返してしまうことになる。
作者自身、いくつもの職業を渡り歩いた経験を持ち、底辺の生きざまが見事に描かれる。とんでもない人間のタブーや犯罪もすべて作品にしてしまう。
随所に抑えきれない暴力のにおいが濃く漂っており、それは上質で崇高なものには決して昇華していない。
登場人物たちは理屈より先に手が出、血が流れ、何度も息が詰まり読者は否応なくその渦中に引きずり込まれる。とうぜん後味がいいはずはなく、こちらの気持ちもしだいにささくれ立ってくる。
サスペンスの展開は息をつかせず、次の一行を読まずにはいられない緊張が持続する。読者は安全な距離を保つことを許されず、感情ごと物語に巻き込まれていく。
やがて緊張の中、一気に読ませた後に読み手の気持ちを解放させるのだ。
まるで、一度味わうと抜けられない麻薬のように。
福澤徹三の作品には、生まれ故郷の北九州という土地柄が影響しているのかもしれない。外海の荒々しさや、反社会派の存在がそこかしこに影を落とし、作品を独特の雰囲気に仕上げていく。
そんな中交わされる九州弁に、どことなく哀愁や優しさが感じられるのは、あまりにも現実離れした過酷な状況が描かれているせいだろう。
いつの間にか眠気も吹っ飛び、ページをめくる手が止まらなくなる。
読み始めに違和感があった読点で区切られた短い文章が、たたみかけるように続くことも気にならなくなる。
一度この文体と速度を味わってしまうと、静謐な純文学に戻れなくなるのではないかという、奇妙な不安さえ覚える。
だがその不安も含めて、福澤徹三を読む体験なのだと思う。
これは癒やしではなく、中毒性のある読書であり、覚悟を求められる文学である。