愛犬と海と日常

貧乏性を抜け出して優雅に時間を使えないものか

キンチョールが咲いている

母と同室になってから三月ほどが経った。
リフォームしたせいもあり、母との同居部屋はいまだによそよそしい。

母の認知症の進行は早い。
こちらの気持ちが整う間もなく、日に日に進む症状に追いついていけない。
そのため始終イライラしてしまう。

2週に一度、数日のショートステイを待ち焦がれる介護者。

難聴がひどく母の部屋のテレビは一日中大きな音をがなり立てる。
入り口を開けていると、廊下を隔てたリビングでも会話に支障が出るほど。

リビングのテレビの音が母のテレビの音と混同し雑音にしかならない。

多くの集音器や補聴器が開かずの箱に詰められている。母は耳に入れるものを拒絶する。せめてテレビはイヤホンをーーとお願い申し上げるが、ガンとしてきかない。

必然、母との会話は喉を傷めるほどの大声が必要となる。
いつか絶対「ポリープが出来て喉頭がんになる」と私は叫んでいる。

寒くなって母が部屋から出なくなった。庭に陽が差す時間も短くなり、太陽が降り注ぐ間隙に無理やり母を庭の椅子に座らせた。

久しぶりに全身に太陽を浴びた母の、
「あーー、きもちいい」と漏らした声が、入浴時お湯につかった時と全く同じでおかしくなった。

陽が当たっている間、母をひとりにして台所に戻る。もう、目を離して外へ出ていく心配もないほど衰弱した。
いいのか悪いのか、介護者はいつも複雑な気持ちを抱えている。

青かった空に雲がかかってきたので母のもとへ行く。同じ格好のまま、お隣の植木をながめていた。
「もう、キンチョールが咲いてるのねぇ」と言う。

「え?蚊取り線香?!」と返すと、「なにそれ」と理解できない顔。

「だから、キンチョールは殺虫剤だよ」と言うと、
「ああ、そうね。同じ名前だったね」いや、違うからーー

わたしは訳が分かって、クックッと笑いながら、
「き・ん・も・く・せ・い、でしょ」というと、一瞬間があって、母はケタケタと笑い出した。

 

母の冗談かと思ったがどうやらマジボケだったみたい。

お隣さんが聞いてて家の中で笑ってくれたらいいなと思った。

陽が落ちたけど、なんだがポカポカの気分を感じた瞬間。

 

秋深し隣はなにやってんのよー!?

今朝は冷えた。明け方、薄い布団から冷気が身体に沁みてきて眠れず、まーるくなって朝を迎えた。

同室の母はと言うと、カーカーといびきをかいている。寒くはなさそうだ。

 

部屋の電気は付けないまま犬の散歩に出る。深呼吸が気持ち良い空気のなか、夏の間は歩くのを嫌がっていた犬も足取りが軽い。

少し歩くともう体があたたまり上着を脱ぐ。犬は飼い主の顔を確認しながら、電柱ごとに片足を上げる。

「よくそれだけシッコがでるねぇ」と笑ってしまう。

 

短い幸福な時間から戻ると、母が起きていた。

「寒い」

「だから、それは夏物だから。ここから着たいものを出して着てちょうだい」

って、毎日言ってるよねぇ、と心の中でブーたれる。

しばらくして見に行くと、上から夏物のブラウスを羽織っているだけで、寒そうにしたまま。

 

部屋中の収納引き出しやクローゼット全部に、内容を大きく書いて張り付けているのだが、母はどうやらベッドに座った時の、目の前にあるひきだしにしか目や頭が行かないらしい。


「ほら、ここ」冬物の入ったクローゼットを開いて示すが、ボウーッとしていて理解できていない様子が目を見て分かる。

二つ三つ取り出してみせるとようやく腰を上げた。


その後、満足気にリビングに入って来た格好に驚いた。厚手のスパッツに、カシミヤのセーター、その上に防寒の部屋着を着て現れた。

 

「・・・・・」しばらく絶句。(今からそんな恰好で、冬になったらどうするのよ)
最近私はえらいのだ、何も言わない。

 

まあ、いっか。暑くなれば脱ぐだろう、イヤ待てよ。体感温度がわからなくなっていれば、汗をかいても着てるかもしれないか。そういえばそういうお年寄りをたくさん見たなぁ・・・

 

昼食の頃になるとさすがに気温が上がり、嚥下困難の老人食を摂りながら

「少し、暑いねぇ」と言っているからおかしくなった。

ちなみに私は半そでだよ~。

 

もう母は、状況から判断したり、その場にあう言葉を選ぶことはできなくなった。
ときどき妄想発言も見られるようになった。彼女だけの世界が出来てきたようだ。

 

いよいよ本格的な介護生活が始まる。いやもう始まってるのかな。

専門職のプライドとは

雑用で十分なのよ、気を遣って資格を生かしてなどと言うな

知人の看護師が退官した。永年国立の病院で自分の職務を全うしてきたが、定年できれいに辞めた。

ちょうどコロナの時期で恒例の海外旅行を敬遠し、もっぱら国内旅行を北から南までエンジョイしていたのだが、しばらくすると、退職を聞きつけた関係者たちからオファーが相次ぐようになった。

 

もう十分遊んで満足したのか、誘いを断り切れなくなったのかわからないが、彼女は一つの介護施設の仕事を受けるべく、面談に出かけたのだった。

 

そこは、介護老人のための大手入居施設だった。高級そうな制服に身を包んだ支配人が、慇懃に対応し
「これまでやってこられた看護師の経験を生かしてぜひお願いできればと思っています」と熱いプレゼンをしてきた。

 

彼女は「ウン?」とひっかかり、支配人に
「フロアのボランティア要員と聞いてきたのですが、看護師として働くということでしょうか?」と言うと

「あ、いえ。ボランティアで自由に努めていただいて結構です。ただ、あなたのように医療に経験豊かな方が居てくださるとみんなこれ以上安心なことはありません。うちの入居者さんたちは重度な方が多く、体調不良がよくあります、介護士だけの時間が多いものですから、あなたが居てくださると百人力です」と支配人は小鼻を膨らませて語った。

 

知人はそこで面談を中断してさっさと帰ってきてしまった。もちろん、相手に不快な思いをさせず、よくある理由でもって体よくおいとましてきたのだった。

 

「えー、どうしてぇ?」と私が聞くと、彼女は憮然とした表情で
「ふざけんな!ってのよ。ボランティアだってから行こうと思ったのに、なにが百人力よ。ハナから看護師として働かそうとしているんじゃないのよ。看護師としてならこんな報酬じゃ合わないわよ、ずいぶん安く見られたものだわ」と怒っていた。

 

私は、しばらく彼女の怒っている意味をつかみかねていたのだが、彼女が言葉を続ける。

「もうね、看護師としての仕事はやり終えたの、未練もない、それほど十分満ち足りたからね。非常勤でも、看護師として期待されたんじゃ何か起きたときに責任問題になってしまう。看護師としてならそれに見合う報酬をいただく代わりに、しっかり責任を背負うの」

ホー、ホーとまだピンと来ない顔の私に
「いまはね、お互い老人どうし、話し相手になりたかっただけなのよ。仕事は雑用がいいの」と静かに言った。

 

なるほど。おそらく支配人さんは特級の履歴を持つ有能看護師に向かって、「ボランティアや雑用」なんて申し訳なくて言い出せないと、気を遣ってしまったのかもしれないし、「しめしめ都合の良い人が来てくれた」と思ったのかもしれない。

 

その真実は分からないままだが、その後、彼女は趣味を生かして、別の介護施設で、認知症予防のために行われる麻雀クラブに、定期に顔を出している。もちろんボランティアで。

 

「ときどき、役を間違えて牌を出す人がいるけれど、みんないい人たちばかりよー、元気をもらえるし、とても楽しいよ」とご機嫌で通っている。

 

介護系の職場はえてして、福祉マインドが幅を利かせていることが多い。報酬が釣り合わないのにやることは山済み。
すると人間というのは無意識に、奉仕精神を持つことで精神と報酬の均衡を保とうとするのかもしれない。

 

介護業界は長い間、そうやって世間一般の雇用常識からはじかれてきたのだ。キャリア形成の施策もようやく始まったのが、たしか2013年だったか。それでもいまだに介護職たちの報酬は世間一般からは遠い。

 

国家資格の長い医療歴史の中で、自信を持って仕事をしてきた人の姿勢をみて、プライドの在り方を改めて考えさせられる思いがした。

 

ピンタレストの効用

こんどはピンタレストに振り回されて楽しんでいる。

自分で懲りないやつだなあとつくづく思う。

このぶんだとたぶん、死ぬまで退屈しないで生きていけそうな気がする。

 

見よう見真似でピンタレストの運用を始めて2ヶ月。今だよくわからないというのが本音だが、結果が見えるのが早く、なかなか面白いというのが実感だ。

 

とくにブロガー、ライターにとっては、自分の記事に導入するための最適なツールだと感じる。ただ、つまづいたときや判断に迷う時に、ネット上のヘルプ情報が極端に少ない。大手ブログサイトやwordpressのようにトラブルを解決できるサイトがほとんど見当たらないのだ。

 

先日、作成した覚えのないピンが私のものとしてアップされていて、削除することも出来ず、サポートに写メ添付の上メールを送ったところ、翌日には返事が来た。

 

Jakeさんから丁寧な内容なのだが、私の知識不足のせいかイマイチぴんとこない。で、そこは素直に「〇〇がわかりません、具体的に教えてください」と返信すると、直ちにこんどはRobertさんから返事が来た。

 

送信時間を確認すると、午前二時とか四時なので、たぶんAIさんに名前が付いているのだろう。いづれにしても外人さんには違いないわけで、誤字も脱字もなくありがちなヘンテコな文章でもなく、実に上手な文体なんだけど、やはりかゆいところに手が届いていない。

 

日本人とは通じないものがあるのかなぁ、と言い回しを変えたり、単刀直入な表現で誤解のないように工夫したり、とうぶん同じ質問のメールのやりとりが続きそうな予感。

 

それはともかくとして、ピンタレストは確かに短い期間で自分のブログに流入を図るには、良い結果を生む。他の人も言っているように、どうやらピンタレストはNOTEとの相性がだんぜん良い。

 

なぜなのかはわからないが、私も自分のブログに直リンクするのを止めて、NOTEの記事を通してブログを紹介したらグンと検索数が上がったのだ。

 

また、以前は一日に3~4ピンをアップしても数字が不安定で、一日サボったとたんに大きく数字が下がり、息切れするような思いを感じたものだったが、NOTE経由にしたとたん数字が安定し、明らかに検索の伸びが良くなりブログ流入が増えた。

 

さらにありがたいことに、ピンの作成が一日いちピンですむようになったことだ。
方法を切り替えて数日で、数字が延び続け安定したのだ。

私が運営しているものは福祉に関する地味な内容であるため、所謂バズルという対象のものではない。が、この結果には「ほうーっ!」とビックリ。

 

リンクする内容によっては素晴らしい結果をもたらすのでは?!

方法をご紹介しておくと、まずはピンタレストからリンクする先をNOTEにする。

 

NOTEでは本来読んでほしい記事(ブログやアフィリエイト)を埋め込んで作成する。

その際、埋め込んだ本来の記事に流入するのが目的なので、NOTEにはリンクした記事のための、長すぎず短すぎずの導入文を記載する。

 

仕込みは上々、後は2~3日で結果が出るはず! ぜひ、いちどお試しあれ。

 

歳をとったなぁ、と思う時

少し、寒さが和らいだある日、いつものようにコートを着こんで外に出ると、予想外に汗ばんでしまった。

暖かい大寒の日、愛犬と一緒に朝の散歩に出かけるのは格別の気持ちよさだ。こういう日は、いつもより多くの「朝んぽ仲間」と顔を合わせることとなる。

犬たちにはそれぞれの挨拶があるようで、お尻を嗅ぎあったり、鼻を突き合わせて互いを確認したり、時には警戒してぐるぐる回ったり、場合によっては牙をむき、吠えながら距離を取ることも。
そのすべてが彼らなりの儀式であるようだ。

一方、飼い主たちも笑顔で見守りながら、自分の犬が相手にけがをさせないか、またはけがをしないかと気を配る。お互いの犬を撫であう至福の時を充足するために。

おなじみのワンちゃん同士だと、さらにリラックスしたひと時が待っている。そんな日は、散歩の時間がいつもの倍ほどかかるが、それもまたうれしい。

思えば、現役で働いていた頃はいつも時間に追われ、朝の散歩を楽しむどころじゃなかったなぁ、といまさらに思う。

あの頃は散歩は義務で、今ほど朝んぽ仲間に出会わなかったような気がする。いや、出会っていたのかもしれないが、おそらくほかの犬に目を止める余裕もなかったのだろう。
たぶん「話しかけないでオーラ」を私が出していたにちがいない。

愛犬と満足して歩く帰り道、前方から若い女性がスマホを操作しながら歩いてきた。さて、挨拶するものかどうかと迷った瞬間、彼女の方から「おはようございます」と明るく声をかけてくれた。

顔を上げてこちらを見つめるその表情には、意思の強さと笑顔が良く似合っていた。
「いいなあ、面接だったら即採用だな」と心の中で思いつつ、挨拶を返す。

さわやかな気分になり、すれ違ったその時、彼女の残り香がふわりと漂ってきたのだった。
それは決して不快な臭いではなく、仄かに香る花のような香りだったのだが。
しかし、私の鼻は過敏でその優しい香りにさえ反応してしまった。

おそらく、出勤途中に違いない彼女にしてみれば、当然の身だしなみであったと思う。

冬の朝の凛とした空気の中で、魅力的な香水の香りとのアンバランスに、私の鼻が拒否反応を起こしてしまっただけなのだ。

昔から私は鼻が異常に敏感に出来ている。そのくせアロマやハーブが好きで、自分の過敏な鼻に合わせ微調整をしてまで使いたかった頃がある。

香水のように長く残るかおりは苦手で、我慢していると鼻の奥から詰まってきて、しだいに粘膜がかさぶたのようになり、のどの奥までイガイガした違和感が起きるのだ。

人は気にならない程度の匂いというのだが、自分が耐えられなくなる。
そうすると、数日間は異臭のように鼻からその匂いが消えてくれない。

思い起こせば、若いころの私もその歳やブームに乗って香りをまとって出勤したものだった。帰りはお決まりの満員電車に揺られて、いつも疲労感と喉の奥まで広がったザラザラ感を抱えながら。

あの頃は、シャネルやディオール、オーソバージュなど背伸びして買ったものだ。ゲランは大人の女のイメージが強く、手が出せなかったっけ。

最後に使ったのはオルラーヌのトワレだった。さっぱりとして甘えていない、でもいつまでも嗅いでいたい好きな香りだった記憶がある。

もちろんそれでも夕方には鼻の中はパンパンに腫れ上がったような感覚になっていたのだったが。

やがて香水を身に纏うこと自体が苦痛になって、いつの間にか忘れてしまっていた。若いころはおしゃれは我慢するものだったのだ。

すれ違った彼女の残り香は、忘れていたいろいろなことを思い出させてくれた。

「私も歳をとったなぁ」としみじみ思う。

この先、香りを身に纏う時があるのだろうか。
いやいやもう鼻がもたないだろうな。

あなたはどんな夢を見ますか?

そういえば最近、夢を見なくなったなぁ、と気がついた。

 

寝苦しかったり、半覚醒状態で思考が夢に移行していたり、不快な気持ちで目覚めたりはあるのだけど。

 

いつの間にか「ゆめのある夢」を見なくなった。

かなえられる夢を厳選したように、妙に現実的な夢しか見ない。

 

それこそ「夢がない」話だ。

 

歳をとるってこうゆうことなんだ。

十分すぎるくらい大人になってくるとね。

長年、仕事や人間関係でもまれるうちに、眠っている間まで頭の中は現実に即したものになってしまうのかな。

 

だとしたら、なんとさもしくて悲しいことか。

気がつけばもう、それは「夢」じゃないよね。

 

思えば遠いむかし、忘れてしまうくらい幼かったころ。

一人でいつも原っぱで遊んでいた記憶がある。そして大きな岩をみつけては、その岩に登り空を飛ぼうと真剣に考えていた頃があった。

 

わたしの幼い時代は、家から出たら整備された公園などではなく、自然な広場や原っぱが無数にあったものだ。

 

記憶の中では私が大きな岩から何度もなんども飛んでいる。

(飛び降りていたというのが正しいかも(笑))たぶん体が小さかったせいで、それは岩ではなく大きな石程度のものだったと思うが。

 

ひとりで居て寂しかったわけじゃない。そのころは自分と遊ぶのが大好きで、いつか空を飛ぼうと真剣に考えていたのだ。

 

背中に羽もないのに、ひたすら練習すればいつかは飛べると信じていた。岩から飛び立つ瞬間、当然すぐに地面に着地してしまうのだが、飛び上がったその瞬間、幼いわたしは確かに空を飛んでいた。

 

きっと気持ちの中では、大きな羽ばたきと共に空に舞い、嬉々としていたに違いなかった。

鳥のように空を飛べたら、世界はどのように見えるのだろうか。高度4000メートルからの風景

 

日がな飽きもせず、胸いっぱいに期待を膨らませて「今度こそ」と何度もなんども岩から飛び降りて遊ぶ子供だった。

 

小学校の低学年の頃になっても、友達がほしいと考えたこともなかったように思う。

友達と一緒に居るより一人の世界のほうが楽しくて安心だったのだ。

 

しょっちゅう風邪をひいて熱を出す子供だったせいか、時間があればひとりで絵を描いたリ、本を読んでいることが多く、あまり友達と外で遊んだ記憶がない。

 

鬼ごっこやボール遊びや、輪ゴムを結び繋いだゴム跳びなど、見ていた風景は頭の中に残っているのだけれど、自分が参加した記憶はあまりない。

 

そう。きっと変な子だった、と思う。

「〇〇ちゃん、あーそーぼー」と、たまに近所の子供が誘いに来るが、わたしは平気で「遊ばなーい」と言う子供だった。

 

だけど、そこそこ嫌われないで成長できたのは、おそらく目立つことをしてこなかったからだろう。みんなの中でわたしの存在が薄かったからだと思っている。

 

もしかしたら、自分と遊ぶのが大好きだったのは、本当はその後もずっとそうだったのかもしれない。

 

否応なく大人になって、世間の風や空気を吸っていろんなことを覚えて、きっと学習したのにちがいない。

 

無心に空を飛ぼうとしていたあの頃、私の頭の中はどこまでも自由で奔放だったのだ。いろんなことを夢想して楽しむことができたし、願えば叶うと信じていた。

 

読んだ本の世界に没頭し、それは夢の世界にも反映し、私の頭の中はそれはそれは無限に空想的でわくわくするものだったはず。

 

いつの間にか、めったに風邪も引かなくなり人前で物が言えるようになり、人間関係の迷路を通過するにつれて、私の頭の中から幾つもの何かが消えて行った。

 

思春期や初めて社会に出た時期によく見ていた気味の悪い夢。

低空飛行で腹が地面に付きそうになり、それでも必死に飛ぼうとして力を入れ、疲れきって目を覚ましたり、泳いでいる手足がどんどん重くなって必死でもがいたり、降りている階段がみるみる急斜面になり、最後には直滑降になるなど、そんな恐怖の夢も見なくなったかわりに、楽しい夢も見なくなった。

 

それはそれで良いことかもしれない。若いころのように将来の不安におびえたり、迷いの中で苦しむこともなくなったのだから。

 

決して戻りたいとは思わないのだけど、あの幼いころに見ていた世界をもしできるなら、もう一度見てみたいと思う。

幼い子供が成長して老人になるまで一本の木が見守りあたえ続けた心にしみる無償の愛・・・

秋風の憂愁

いまだに今年の異常だった夏の名残を感じさせる日があるけれど、なんとか秋になったようだ。

 

夏には6時すぎに犬の散歩に出ても、帰りには陽ざしを暑く感じたが、今は寒い朝がある。散歩の時間も遅くなった。犬にも薄着をさせるか腹巻をさせ、それはそれで楽しみになる。

 

このごろはちょうど小学生の通学時間に散歩することが多い。5~6人の児童が数メートル前を話しながら笑いながら、じゃれ合いながら歩いていく。

 

少し前までは、カラフルな夏の衣服に身を包み、個性的な元気がはじけて見えたのが、今はこころなしかダークな色に変わっている。一人混じった女の子が背負うランドセルのピンクが、ひときわ鮮やかな差し色になっていて季節が変わったことを実感させる。

 

α世代のこの子たちが大人になる頃は、日本はおそらくもっと厳しい社会になっているはず。パソコンのプログラミングもあたりまえになるらしいから、彼らの目はもう日本のみには向いていないかもしれない。

 

今のうち、めいっぱい遊んでおくのよ。じゃなくて将来落ちこぼれないで生きていくために、今から十分に勉強してなさいよ、かな。

 

道草を喰う犬に引っ張られながら、子供たちの後ろから頭の中であれこれ語りかける。

気配を感じたのか一人の男の子が振り返り「こんにちワー」と元気に言った。

 

いやいや、この時間帯は「おはよう」だろうが、と高齢者の例にもれず注意をしたくなる。が、ここはにっこり笑うだけにした。

 

「こんにちは」と返しては、子供の教育上いけない気がするし「おはよう!」とすぐさま返したら、仲間の手前この子の自尊心を傷つけてしまう。そこで笑顔だけになる。

 

えーい。面倒くさい性格だなぁ、と自分をつくづく思う。子供も含め、仕事以外の人付き合いが不器用なことは自分が一番よく知っている。

 

秋の風がカラダを吹き抜けていく。乾燥して鼻の奥にツンと冷たさを残し、これから来る冬の気配を知らせてくれる。

 

マルプーにしては大きすぎるフウタが立ち止まり、顎を上げて鼻いっぱいに秋の空気を気持ちよさそうに吸い込んでいる。私も同じように胸いっぱいに吸い込む。

 

この季節はどうしても、昨年虹の橋を渡ったナツを思い出してしまう。最後の夏も暑かったのに、口に泡を溜めながらも頑張って歩いたね。それでも立ち止まらず黙々と。自分の足で歩くことが、長生きの秘訣と聞きかじった無知な飼い主でごめん。

無理をさせてしまった気がする。

 

早く、ペットカートを買って乗せてやればもっと生きられたかな。ありがとういっぱいでもう後悔はしないと決めたのに、やっぱり空を見上げてしまう。

 

ナツとフウと歩いた散歩道を今はフウとだけ歩く。そんな当たり前のことが切なくて、ナツに会いたくて、フウが愛しくて涙が流れてしまう。

ときどき道端に座り込んでしまうフウタのために、早々買ったペットカートにフウタを乗せた。

「さあ、帰って朝ご飯にしよっか」フウタの尻尾がうれしそうにくるくると回った。