愛犬と海と日常

あ~、やっぱり貧乏性は治らない。また忙しくなってきた~。

母が私の知らない人になっていく日々

 

朝起きた顔で母の調子が分かる。

今日は機嫌が良いとか、また頭の中がなにかの思いにとらわれて気難しいな、とかだけど。

日に日に母の表情がなくなっていき、最近はほとんどおはようも言わない。

むすっ、としたままの日もある。

朝から口もきかなかった母が、デイのお迎えが来たとたんスタッフさんには、どこぞの奥様のような素振りで挨拶をし、満面の笑顔を見せる。

一度くらい、その笑顔を私に向けてごらんよ!

 

食事には一番気をつかう。というのも、朝好きだったものが夕には嫌いになっていて食べないということがあるので、全く献立の予定が立たないのだ。

 

もう、るい痩が顕著で歩くと骨と骨がこすれて音を立てそうなくらい。

なんとか栄養をつけさせたくてたまに力を入れて料理を作るのだが、その日の母の気分で口も付けず台無しになることが多々ある。

 

もっとも、もう栄養を吸収して血や肉になるエネルギーは残っていないようだ。生きるための最低限の体の作用だけでいっぱいなのだろう、痩せが止まらない。

アイソカルゼリーだけは私がセッティングを忘れると「アレが無いよ」と催促し、唯一「おいしい」と言って数年飽きずに食べてくれている。

もちろんショートステイにも持っていき、朝食後に出してもらっている。

高カロリーのため、最低限これを食べていれば何とか安心、という気持ちになれる。

 

 

まだ、入浴はひとりで入る。と、言えばしっかりしているようだが、ゆっくり湯につかりたいため「急がされるので入った気がしない」と、デイS.など施設での入浴を嫌ってきた。また、自分なりの段取りがあるため手伝うのを嫌い、一人で浴室を占領する。

 

あまりに長く時間がかかるときはさすがにそっと覗いてみる。

すると湯船に首まで浸かってしずかに目を閉じている。これがまた、胸騒ぎをかきたてる映像なのである。

鼓動が高くなるのを感じながら、眼を凝らして息をしているのを確認する。

「湯につかるのは胸までにしないと疲れるよー」と声をかけるのだが、本人にしてみればこれもまた「うるさい、分かってるわよ」なのである。

 

これからの季節、家の風呂は施設のそれと比べると湯冷めしやすいのでデイのスタッフさんと作戦を立て、ひと月かけて上手に誘導してもらい、数回の入浴実績を作ってもらった。

おかげで今月からデイでの定期入浴がプランに入った。ただ、デイのお風呂の様子を本人に聞いてもいまだに「あそこではお風呂に入ったことがないからわからない」と返事をする。

 

そんな母だが、先日スタッフさんの報告を聞いて驚いた。

母は、自宅で入浴していることをスタッフさんに伝えた際「毎回、娘が入り口で私が風呂から上がるまでじっと待っているので、気兼ねする」と話したというのだ。

 

ハアあ~~である。むろんそんな事実は全くなく、母の言った本意がわからない。

母は職員さんにいったい何を伝えたかったのだろうか。何か本音があるのだろうか、母の対面があったのだろうか?

 

「見張られているようで嫌だったからここで入れてうれしい」と職員さんにリップサービスだったのか。

それとも、それほど「娘は私を心配してくれている」と他人に自慢したかったのか?!

う~む・・、全く理解できない。

 

もちろんそんな会話など、本人はとうに忘れているに違いない。だから聞かない。

このたぐいのことが日常茶飯事にあるのだけれど、なにかと身体の不調な時は結構メンタルにくる。

 

かつて担当していた利用者様のご家族から、同じような話を山と聞いた。その際「認知症の方の言うことを気にしていたら身が持ちませんよ」「お疲れになったのでしょう」

「もう昔のお母様を求めてはいけません」などと、平気で話をしてきた気がするが。

・・こういうことなのね・・