愛犬と海と日常

貧乏性を抜け出して優雅に時間を使えないものか

母が突然パーマをかけると言い出した。

「あした、パーマに行くから予約しといて」

はあ~?!
もう何年も、ショートのカットだけにしてパーマはかけていない94歳の母が。

それも、髪が痛むからもうしないでいい、と自分から言っていた母が。
また自分の中で何事か起きたのだなと思った。

 

テレビに影響されることが一番多く、状況を認識できないために突飛なことを言い出すことがよくある。

ああ、そうか。コロナで休んだまま数年ご無沙汰していたデイサービスに再び行くことになったからだ。


今のいままで、毛量が極端に減って地肌が透いて見えていようが、こしが無くなった細く白い髪の毛がペタンと額に張り付いていようが気にもしていなかったのに。


定期に利用しているショートステイに行くときとは気持ちが違うのか、やたらと体裁をかまいだした。

 

それはそうと、先日も受診時に「腰が痛くてたまらない」と医師に訴え、お決りのレントゲンを撮ってもらったが結果は同じ。なのに痛み止めも要らないと言い、結局定期のレントゲンが安心材料になっている状況で。


そこで、「パーマの長い時間椅子に座って、腰が痛いのに大丈夫なの?」と聞くが、そんな時は聞いちゃいない。「だいじょうぶっ!」と余裕の表情。

 

いつもの美容室は交差点の角にあり、パーキングが遠いうえに道路を渡らなければならない。本人はケロリとしているが、送迎する方は神経を使ってたまったものじゃないので、美容室を変えてもいいか?と聞いてみたら、あっさりと「いいよ」と言う。

今、パーマで頭いっぱいなので出来るのならどこでもいいのだろう。

 

認知症になってから嗜好も変わったが、性格も変わったようで人見知りをしなくなった。これ幸いにパーキングのある美容室で男性がやっているところに予約が取れた。

 

以前から美容室での母の注文はうるさい。

「いい、はじめてのところだから、あーだこーだと注文つけないほうがいいよ。黙って任せてみた方がバランスよくしてくれるからね」とコンコンと言い聞かせながら、自宅から車で3分しかかからない店に向かった。

 

ウン、ウン。と言いながら、希望がかなうのでご機嫌な母。

そこに美容室が建ってから何年になるだろう。それ以来、前を通るたびオーナーの趣味であるだろう白壁の清楚なこじんまりしたたたずまいが気になっていた。

男性オーナーが一人で、完全予約制でやっていることも安心材料だ。

 

私自身は似たような個人の店に30年来通っていて、そろそろ他に移ろうかと考えないでもないが、とくに不満もないのでこれだけ長く通ってしまうと変更するのが難しい。

私は「いらっしゃいませ~」との一斉の声と満面の笑顔で迎えられる美容室が苦手だ。キラキラの店内で異様に丁寧な扱いを受け、まぶしいほどの鏡の前に座らされて、まじまじ自分の姿を見なければならない時間が、苦痛のなにものでもなかった。
昔から美容室にはよほど困らないと行かなかった。

 

それが30年も続いたのは、そこが美容室風だけど理髪店であったこと、カットの腕が良いこと、店内がきらびやかでないこと、「いらっしゃい」しか言わず、お互い気が向いた時だけしゃべれば良いところが一致したのか、気持ちが楽だったからだ。

さて、白いドアを開けると、せまいけれど一人で作業するには十分のスペースが広がっており、にこやかに男性オーナーが出てこられた。

認知があること、難聴がひどく、わからなくても返事をしたりすることなど注意点を伝えている途中に、母の一発目「髪を洗ってくれる」

 

うわー、出たー、上から発言!

コンコンと言ったことはなんと聞いていた~?!

「パーマに来て、髪を洗わないわけないでしょう!黙って任せなさいと言ったでしょうがあ!」と思わず怒鳴りそうになる言葉を飲み込んだ。

 

とにかくお願いしますと店を出て、二時間後、迎えに行くと「ちょうど今、終わりましたよ。お代もご本人様から頂きました」と笑顔のオーナー。本人はと言うと微妙な顔つきで鏡の前に座っている。

 

オーナーが丁寧に説明をしてくれる。やはり、母はかなり注文を付けたようだった。

すその長さや、耳は半分隠すようになど、また、白髪なのでパーマが入りにくいため、やや強めにかける予定だったが、本人の希望でゆるく大きなウエーブと言われましたので・・と店長も言いたいことがたくさんあったようだ。

そこそこに挨拶をして帰宅。口をつくと何か嫌なことを聞かされそうな予感でお互い無言。

このまま一件は忘れてくれ、との思いの中、帰宅した夫が母を見るなり「おー、サザエさんみたい」と笑顔で言った。

 

やっちまった! それを契機に母から出るでる・・不満の数々。

わたしも我慢の限界で「黙って任せなさいって言ったでしょう」すると、「私はなーんも言うとらんよ、そしたらこうなったんよ」

ちがーう! あんた、さんざっぱら注文つけたんでしょーがあ。
第一あれほど言ったのに、椅子に座ったとたん、髪洗ってって偉そうに言ったでしょうというと、「そんなこと言ってませんよ。私は今日は髪を洗っていません」と気を遣ってお知らせしたのだというではないか。

 

あー、これが認知症の骨頂だった。なんと知恵のまわること。ここでやり合っても必ずこちらが負ける。よくこれだけ機転が利いて話がすり替えられるものだといつも思う。

だいたいね、自分の思ってることと口から出した言葉は最近違うことに、自分で気がついてるうーー!

と捨て台詞を吐いてしまう。

 

ふうーっ、と今日もため息。

この一件を忘れたころ(心配しなくとも母は一時もすれば忘れる)

「よく似合ってるよ」とでも言ってやるか。