どっしゃーん、ガラガラ・・
朝食を済ませ、いつもならくつろいでいる時間の母の部屋から、おもいきり派手な音が聞こえた。
あ、やった!!
すぐに母が転倒したのだと分かった。
高齢の家族を介護するものは、いつもいつも頭の隅で転倒を懸念している
施設と違い、日常の生活空間にいる限りはいつか起きること。避けることができないためいつも恐れている。大概これから寝たきりがはじまると相場が決まっている。
94歳の骨粗鬆で転んだら・・お決りの大腿骨骨折か?! いや頭を打っていたらマズイ?! など、廊下を隔てただけの母の部屋に行くまでのおそらく1秒にも満たないだろう短い時間に、人間の頭ってどれだけのことを考えるのだろうと自分で驚きながら部屋に駆け込む。
母はというと、トイレから出たところで転んだ様子。
幸い?!(私が普段からずぼらで収納しないまま、犬グッズや暖房器具など母の部屋の空間に荷物を積み上げている)積み上げた荷物に倒れ掛かったようで、ヒーターや小物などが崩れた際にやたら大きな音を立てただけのようだった。
それらがクッションになり、母は横座りになるように斜めになったヒーターにもたれて止まっていた。本人はショックで固まっている。
あ~、やれやれ。まずはそう思った。
ゆっくり事情を聴くと要領を得ず、イライラしてくるのが自分で分かる。
これがまた、強度の難聴で喉が痛むほど大声を出さないと聞こえない。補聴器は嫌がり断固としてしないからだ。
どうやら、朝食後腹が痛くなり、自室のトイレ通いの何度目かにそうなったらしい。意識があったかを聞くが「わからない」
少し落ち着かせてからベッドに移動介助。
本人は何か悪いものを食べたかなあ、としきりに気にするが、食あたりなら嘔吐から始まるのが普通だから、おそらく脱水からの症状のような気がする。
前日までは便通も普通、便秘の反動でもなさそう。もっとも本人の主訴なので真実かどうかは不明。ともあれ、救急ではないと判断し水分補給水を半分に薄めたものを枕元に置き、クールタオルで頭を冷やす。
すると、10分もしないうちに保冷剤を仕込んだクールタオルを「これ、要らん」と投げて返す。水分を少しずつでいいから飲むように、何度言っても飲まない。
もう、頭にきた。好きにしろ!!
しばらく寝ていたろうか、気配で部屋をのぞくと薬を飲もうとしている。
「何してるの?」私が聞くと「正〇丸」を飲むと言う。あなたねえ!水分の一滴も入ってない体にいきなりの正〇丸ですか?
「身体は水で出来てるんだからね、薬飲んだって水分を補給しないと具合は良くならないよ!」強い口調で言ってしまう。耳が遠いため、いくらこちらががなったとて、おそらくささやくようにしか聞こえていないのだろう。
微動だにもせず「コレ、飲んだら治るから」と、カプッと口に入れてしまった。
もう知らない、もう知らない!空っぽの胃にそんな薬入れて粘膜の炎症起こしても知らないからね。しぶり便でトイレで踏ん張って圧力かけて出血しても知らないからね。もう、プンプンプンですよ!!!
その時点ですでに妄想状態の怒りで破裂しそうになる。
とにかく、私のいうことを聞いたのはオムツを付けたことのみ。
普段なら絶対拒否る母が「ウン」と言うのは自分でも粗相の不安があったのだろう。
このまま夕方までは寝込むだろう。
そして多分落ち着けば何か食べると言い出すに違いない。
腹立たしい気持ちのまま雑炊を作る。ちょうどワンコ用に野菜スープを作ったところ、えーい!これを使ってやれ。フンだ。腹いせの気分。
いやいや、犬用とはいえどふんだんな根野菜の刻みに滋養の鳥胸肉をしっかり煮込んだスープで、それはそれは良い匂いを立ち昇らせているやつ。
これにご飯を入れて、和出汁仕立てで味付けするのだから消化に良くて栄養満点。あかん、腹いせにならん!
【後日談】
夜になり「見て、なんかケガしとるみたい。薬を塗ってちょうだい」とわずかに出血した膝の擦過傷を見せに来た。
「転んだ時に擦りむいたんやね」と言うと、「誰が?」との返事。
な、何にも覚えていなかった・・・そのほうがよっぽど怖い。